恋多き芸術家 フランシス・ベーコン

ベーコン-アイキャッチ Style

フランシス・ベーコンとは?

ピカソと並び20世紀を代表する画家。現存する作品が少ないため、150億円以上で落札された作品もあります。
美術の専門教育は受けず、20歳の頃からロンドンで家具の設計や室内装飾の仕事をしながら独学で絵を描き続けます。そして、36歳の時に発表した作品で画壇から一気に注目されました。

 

その作品が、

『磔刑像の下の人物のための3つの習作』 (1944)

フランシス ベーコン

 

人物の顔や身体が醜く歪んだように描かれていますが、これは自ら戦争の悲惨さを経験したベーコンが、人間の心の闇や恐怖そのものを描いた作品です。
私が描くものは今の世界の恐怖にはかなわない。新聞やテレビをごらん。世界で何が起こっているか。それに肩を並べるものは描けない。僕はただそのイメージを描いた。恐怖を再現しようとしたんだ

LGBT

 

ベーコンは幼少期から母親の服を身に着け、化粧をしていました。彼はそのことを周囲に隠すことはしませんでしたが、英国では1967年まで同性間の性交渉は違法でした。このことは作品にも大いに影響しており、社会に対する憤りが表現されていたと考えられています。

 

1〜2人目の恋人

 

ベーコンは、恋多き人としても知られていて、生涯で5人の男性と深い恋に落ちました。

 

一人目の恋人は、エリック・ホール。20歳の時にバイトをしていたサウナで出会った美術収集家です。

エリックは、ベーコンのパトロンとなり、妻子を捨ててまで彼との関係を続け、展覧会を開くなど彼の為に尽力していたと言われています。

40歳頃まで付き合いを続けていました。

 

二番目の恋人はピーター・レイシー。

 

ピーター レイシー

(Via : https://allabout.co.jp/gm/gc/415575/3/)

 

43歳のとき、元空軍パイロットのピーター・レイシーと恋に落ちました。栄誉あるテート・ギャラリーでの大回顧展の前の夜に、ピーターは泥酔が原因で亡くなってしまいました。

 

3人目の恋人 ジョージ・ダイアー

 

ジョージ ダイアー

(Via: https://allabout.co.jp/gm/gc/415575/3/)

 

三番目の恋人は、べーコンが 55歳の時出会ったジョージ・ダイアーという男性。恋人として最も有名で、ベーコンの作品にたくさん描かれています。

 

『ジョージ・ダイアーの三習作』(1969)

 

フランシス ベーコン 『ジョージ・ダイアの三習作』

 

ベーコンとダイアーとの出会いは、ある日の夜、アトリエの天井から落ちてきた泥棒(ジョージ・ダイアー)の姿にベーコンが一目惚れしたことから始まります。
ベーコンは彼を警察に突き出さない代わりに、ベッドで枕を交わすことで許すことにし、その日から二人は恋人になりました。

ベーコンの恋人となったことで、見ず知らずの上流階級の世界に突然放り込まれたダイアーは、周囲からの好奇の視線と嘲笑に耐えられなくなっていきました。次第に精神が追い詰められていき、ドラッグとアルコールに溺れ、ベーコンがパリのグラン・パレで生涯最高の栄光を手にしたその時、ホテルで睡眠薬を大量に飲んで亡くなってしまいました。

 

ベーコンは、彼の死後、追悼する作品を多く残しました。

また、映画『愛の悪魔』では、ダニエル・クレイグがダイアーを演じ、ベーコンとの関係を描いています。

 

 

4〜 5人目の恋人

 

ジョン エドワーズ
(Via : https://allabout.co.jp/gm/gc/415575/3/)

 

4人目の恋人は、ベーコンが65歳の時に出会ったジョン・エドワーズという青年。

エドワーズは、ベーコンの死後、遺産相続人に指名され、アトリエに残された大量の遺品を引き継ぐことになりました。

 

『ジョン・エドワーズの肖像のための三習作』(1984)
ジョンエドワーズのための三習作

 

そして、最後の恋人、5人目は、79歳の時に出会った、スペインのハンサムな青年、ホセ・カペッロ(写真 左)。

 

ホセ カッペロ

(Via : http://spenceralley.blogspot.jp/2008/08/francis-bacon.htm)

 

83歳の時、医者に止められながらもホセに会いにマドリードへ。そこで体調を崩し、ベーコンは亡くなりました。

 

彼の恋愛過程を知ることで、作品をまた違った見方で見れる気がします。